古代ローマの奴隷制度に関する10の事実 (3/6ページ)

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・7. もっとも有名なローマの奴隷


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 トラキア系のスパルタクスはおそらくもっとも有名なローマ時代の奴隷だろう。彼は紀元前73年に78人の奴隷を連れてカプアの剣闘士養成所から脱出し、ローマ社会の不平等を利用して、数千人もの奴隷や貧困層を集めた。

 スパルタクスの一党は2年にわたりローマ軍を相手に戦った。フロンティヌスによれば、スパルタクス軍は死体を杭に結びつけ、武器を持たせたという。遠くから見た場合、軍が実際よりも大きく、かつ統制がとれているかのように見えたようだ。

 しかし最後はクラッススによって鎮圧され、スパルタクスも殺された。彼に付き従った6,000人もの奴隷たちは道沿いに磔にされたという。だが彼の名と偉業はその後もローマ人の記憶の中に刻まれた。今日でさえ、数多くの小説やドラマなどの題材として登場する。・6. 奴隷の所有


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 ローマ市民にとって、その社会的身分にかかわらず奴隷の所有は一般的なことだった。かなり貧しいローマ市民であっても奴隷の1人や2人は所有していたほどだ。ローマ支配下のエジプトにいた工匠は、2、300人もの奴隷を所有していたという。富裕層であればそれ以上だったろう。例えば、ローマ皇帝ネロの邸宅では400人もの奴隷が働いていた。さらに資産家で知られたガイウス・カエキリウス・イシドロスは死の間際に4,166人の奴隷を所有していたという記録が残されている(Hornblower and Spawforth 2014)。
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