【プロ野球】七夕に思い出す因縁対決…江川卓vs.掛布雅之 (1/2ページ)

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江川卓vs.掛布雅之。因縁のライバル対決
江川卓vs.掛布雅之。因縁のライバル対決

 7月、七夕、星祭り。街を歩けばあちこちで七夕飾りが賑わい見せる。

 夢の球宴・オールスターゲームが開催される7月とあって、この時期はいつも以上に「ライバル対決」が気にかかる。球界では過去、さまざまなライバル対決が繰り広げられてきた。長嶋茂雄vs.村山実、王貞治vs.江夏豊、野茂英雄vs.落合博満、イチローvs.松坂大輔……。なかでも、80年代きってのライバル対決といえば、「江川卓vs.掛布雅之」を外すわけにはいかない。

「巨人のエース」と「阪神の4番」によるライバル対決は、1979年から1987年までの9年間、167打数に渡って繰り広げられた。その初対決の日が、奇しくも1979年の7月7日。どちらが織姫でどちらが彦星かはわからないが、「七夕対決」として大きな注目を集めたという。その記念すべき初対決の様子をプレイバックしたい。

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■1955年生まれの同級生対決

 1979年は江川卓のルーキーイヤー。前年ドラフトでの「空白の1日」と阪神の強硬指名、小林繁も交えた因縁トレードもあって、阪神戦における江川の登板は、とにかく注目度が高かった。

 7月7日、後楽園での巨人対阪神は、江川にとって2度目の阪神戦。初戦では掛布が欠場していたため、この日が初対決となった。

「巨人の新エース」と「阪神の若き主砲」という構図に加えて、2人は同じ1955年生まれ。誕生日も16日しか違わない同級生だ。加えて、高校からスーパースターだった江川に対して、高校から入団テストを経てドラフト6位指名された雑草・掛布。といっても、掛布には5年間先にプロで戦ってきた自負もある。その対決は当時の日本中の注目の的だった。

《七夕対決。僕の奥さんの誕生日だったから覚えてる。その前日から、もうマスコミに「いよいよ江川と対決です」と煽られて。本当、嫌だったね》(江川卓・掛布雅之著『巨人-阪神論』より、掛布の言葉)

■「そうか、江川も怖いんだ」

 1回、2死走者なしで、この日3番に座った掛布との初対決を迎えたマウンド上の江川。1球目に選んだ球はカーブだった。

《これが後々に痛恨の1球になるわけですよ。一生悔いの残る1球なんですけど。(中略)なぜカーブのサインに納得したかと言うと、前の年に掛布がオールスターで3打席連続ホームランを打っているのを僕はテレビで見ているんですよね。(中略)プロ中のプロが集まる舞台で1試合3本のホームランを打っているバッターと対決せねばならない。そういう心理から初球にストレートをいけなかった。当時の自信の無さの表れですよね》(江川卓・掛布雅之著『巨人-阪神論』より、江川の言葉)

 このカーブは外れてボール。そして、カーブを見たことで掛布に余裕が生まれた。「そうか、江川も怖いんだ」と感じることができたのだ。

 その後、カウントは3ボール1ストライクに。そして5球目、江川が投げたカーブを今度は掛布がすくいあげ、ライトスタンドへのホームラン。掛布は江川から通算14本のホームランを打っているが、これがその記念すべき1本目となった。

 9年間の対戦成績は、167打数48安打33打点14本塁打、打率は.287。一方、江川が掛布から奪った三振は21個。どちらに軍配が上がったのか、なんとも判断が難しい成績といえる。ただ、掛布が江川のカーブをホームランにしたのはこの最初の対決だけ。以降は、ストレートの真っ向勝負にフルスイングで応えるのが、二人の対決の基本軸となった。

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