田中角栄 日本が酔いしれた親分力(8)限られた時間を最大に活用 (2/3ページ)

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そうして、相手が再び訪問してきた際に、

「よう○○君、元気かい」

 というように、相手の名前をはっきりと言って声をかける。

 相手は、まさか大臣が1度しか会っていない自分の名前など覚えているはずはないだろうと思っている。それだけに、自分の名前を呼ばれたということに、無上の喜びを感じる。

「君んとこの息子さん、○○さんとこの娘と結婚したそうじゃないか。いや、よかった、よかった‥‥」

 こうして、相手は完全に田中に惚れ込んでしまう。

 田中は1週間の内3日、それぞれ1晩で3つの宴席を掛け持ちしていた。開始時間が、午後6時・7時・8時の3席である。場所は、赤坂、新橋、築地などの料亭で、ひとつの宴席を1時間弱で切り上げる。

 宴席を設けた側は、主賓の田中を屏風の前の真ん中の席に座らせる。小長は、そこから少し離れた末席に座る。田中が一言挨拶を述べてから乾杯になる。その儀式が終わった瞬間、田中のスイッチが入る。

 席に用意された食事には一口も手をつけず、宴席の場に集まった10人前後の人たち一人ひとりのところへ自らが出向いて行く。そして、時間が許す限りお酒をつぎ、つがれたりしながら話をして回る。酒も入り、リラックスしたムードで場は和む。田中は、彼らから生の情報をしっかりとつかんでいく。一方で酒をつがれた相手も、田中から直接様々な情報を教えてもらえるため喜んでいる。

 そんな田中の姿を少し離れた場所から眺めながら、小長は思った。

〈これが庶民政治家というものか。こういう形で、相手の心をつかむんだな〉

 日本人は、率直な話は相手を気遣うため苦手だ。いくらお酒の席といっても、田中が屏風の前のど真ん中の席でふんぞりかえっていれば、誰も心の中で考えていることをざっくばらんに話そうとはしないはずだ。恐る恐る田中の前に来て、「一杯、お注ぎしましょうか」とお酌しながら、形程度の会話をこなして様子をうかがい、ご機嫌を損ねてはいけないと変な気ばかり遣って、時ばかりが過ぎていく。

 ところが田中の場合、そんな相手の気持ちを汲み取り、自ら懐に飛び込む。度量が大きくなければできないことだ。

「一杯、どうだ」

「ありがとうございます。

「田中角栄 日本が酔いしれた親分力(8)限られた時間を最大に活用」のページです。デイリーニュースオンラインは、小長啓一週刊アサヒ芸能 2016年 7/7号大下英治田中角栄政治家社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
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