天才テリー伊藤対談「矢追純一」(1)終戦をきっかけにすべてが変わった (1/3ページ)
●ゲスト:矢追純一(やおい・じゅんいち)1935年、満州国生まれ。60年、中央大学法学部法律学科卒業。同年4月、日本テレビ入社。ドラマやバラエティ、音楽番組などの演出を手がけ、「11PM」のディレクターに。68年、日本初のUFO番組「空飛ぶ円盤がやってくる」を放映。以後、数々のUFO特番を制作。UFO以外にも、ユリ・ゲラーを初めて日本に紹介するなど、超常現象、ネッシー、ナスカの地上絵、古代遺跡など、日本でのオカルト分野を開拓する。96年、60歳で日本テレビを退職。現在はフリーのディレクター、プロデューサー、著述家としてUFO問題や地球環境問題などに取り組んでいる。誰もが心の奧に感じる、そこはかとない不安や将来への恐怖感がなくなり、本来の自分になれる、世界一ゆるい小セミナー「宇宙塾」主宰。最新著書は「ヤオイズム」(三五館)。
UFO、超能力などの超常現象をテーマにしたスペシャル番組のディレクターを務め、一大オカルトブームを巻き起こした矢追純一氏。現在もこの分野の第一人者として活躍中だが、これまでの人生もまた奇想天外。そのすごさに天才テリーも「矢追さんこそ宇宙人だ」と驚いた!?
テリー 矢追さんといえばUFO、というイメージが強いですけど、生まれも満州ということで。これまたスケールが大きい!
矢追 父親が建設省の官僚でね、満州国を建設するために行っていたんですよ。
テリー 僕、当時の満州にすごく興味があるんですけど、どんな感じでしたか。
矢追 もともと、馬賊しかいないような荒野に、日本が「世界一の都市を作ろう」と乗り込んでいったわけです。当時の東京と比べても、かなり近代的だったと思います。
テリー お父さんがエリートだから、羽振りもよかったんじゃないですか?
矢追 家には中国人のお手伝いさんが5、6人いて、運転手やボイラーマンも住み込みで働いていました。