田中角栄 日本が酔いしれた親分力(22)周りを取り込む温かな人柄 (2/2ページ)

アサ芸プラス

 所得税法改正案は、揉めることなく成立した。

 山下は、胸をなでおろしていた。

〈田中角栄という男は、実に太っ腹な大物だ。おかげで道を外さないで済んだ〉

 山下は、後に田中派の幹部となる‥‥。

 田中角栄事務所といえば、金がどんと積んであるイメージがあるようだが、実際は、まったく違って質素なものだった。元秘書の朝賀昭によると、ボーナスは、必ず田中角栄が直接渡したという。その時、決まって田中が言う言葉がある。

「すまんな。薄くてすまん」

 申し訳なさそうに、そう言う。

 その金額は、多いとは言えなくても家族が食べていくには十分である。基本的に、公務員の年齢給に準じた報酬だった。

 田中角栄が総理大臣になった時、番記者の発案で、「友情のメダル」というようなものが作られた。

 メダルといってもメッキの安物だったが、それを30個作り、1人ずつが持つことになる。ナンバー1の番号のメダルは田中角栄が持ち、ナンバー2は内閣官房長官の二階堂進が持った。残りの28個のメダルを、朝賀が配った。

 配られたメダルの番号順に意味はない。あいうえお順でもなければ、歳の順でもない。取りに来た順番ごとに、次々と配っただけである。

 それだけ、田中角栄は田中番の記者たちと心が通い合っていて、同志と言える関係であった。

作家:大下英治

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