田中角栄 日本が酔いしれた親分力(24)田中が遺した数々の人生訓 (2/2ページ)
田中もそれを確信したのだろう。両手で田村の右手をぎゅっと握りしめた。顔をくしゃくしゃにして、何度も何度も上下に激しく振った。
「ありがとう、ありがとう‥‥」
田村は、目頭が熱くなった。
〈やはり、この人はいい人だ。強がりを言っていても、弱い人なんだな〉
朝賀昭は、田中角栄の言葉をいくつも覚えている。
田中角栄には家訓があった。27歳か28歳の時に自分で作ったものだという。
「希望の朝、法悦の夕 努めて誠実を持って 働け、働け、精一杯 人のこと言うなかれ まず自分でやれ」
田中角栄は、若い人たちには、こう揮毫(きごう)していた。
「末ついに海となるべき山水も しばし木の葉の下くぐるなり」
大海に流れていく水が、初めは木の葉の下をちょろちょろくぐっていくように、今の君たちは小さなことしかしてないが、いずれは大成し、社会の中心になっていくのだと、そういう希望を与える一節を贈った。若い人への思いやりに満ちた言葉である。もっとも、ロッキード事件の後は、常に「不動心」としか書かなかった。
朝賀が、田中角栄の遺訓と思っている言葉がある。
「いつまでもあると思うな、親と金。ないと思うな、運と災難」
前半の部分は月並みかもしれないが、後段は、特に心に残る。
〈オヤジらしい言葉だ。どんなに逆境になっても最後まであきらめてはいけない。どんなに順風満帆で好調な時でも、決しておごってはいけない。油断してはいけない〉
朝賀は、人生の折に触れ、この言葉を思い出す。
田中角栄に仕え、「我が人生に悔いなし」との思いを抱きながら。
(了)
作家:大下英治