田中角栄 日本が酔いしれた親分力(24)田中が遺した数々の人生訓 (1/2ページ)
その夜11時過ぎ、渋谷区松濤にある田村の自宅の電話が鳴った。妻は、すでに就寝し、起きる気配はない。田村は、仕方なく電話に出た。
「はい、田村ですが」
受話器の向こうから、威勢のいい声が響いた。
「おお、ゲンさん、俺だよ、俺だよ」
田村は、首をひねった。
〈誰だ、こいつは〉
田村は訊いた。
「あんた、誰」
「田中だよ、角栄だよ」
「エッ! 角さんですか。これは昼間に大変失礼なことをして、申し訳ありませんでした」
「いや、いや、そんなことはいいんだ。今ね、1人で飲んでいるんだ。もう婆さんも誰も、相手になってくれないんだよ。1人じゃ淋しいから、君、今から飲みに来いよ。話し相手になってくれないか」
田村は、渋った。
「今からといっても、もう運転手も帰したし」
「タクシーで来ればいいじゃないか」
そこまで言われ、さすがに断りにくくなった。
「わかりました。すぐに行きますよ」
田村は、表でタクシーを拾い、目白の田中邸に出向いた。田中の書生に、母屋に案内された。
田中は、丸干し鰯をかじりながらオールドパーの水割りを飲んでいた。
「いや、よく来てくれた。ゲンさんは何にする?」
「僕は日本酒をもらおうかな。冷やでいいから」
ほどなく、書生が日本酒の一升瓶とコップを持ってきた。田中がコップに日本酒を注いでくれた。
田村は、田中に詫びた。
「今日は、どうも失礼なことを言ってしまってすみません」
「俺こそ、君に無礼なことをして申し訳なかった」
「僕も無礼なことをしてしまったので、お互い様ですよ」
「そうか、許してくれるか」
「もちろんですよ」
田村は、30人規模の派閥横断の田村グループを形成していた。田中派には、20人ほどおり、小宮山重四郎と内海英男が代貸しとして束ねていた。仮に田村が田中派を脱藩すれば、彼らも行動を共にするだろう。田中派にとっては、大変な打撃になる。が、田村は脱藩する気持ちはなかった。