田中角栄よりスゴイ! 歴代総理大臣「豪快秘話」 (3/5ページ)
「日米安保改定を実現しましたが、60年安保と呼ばれる反対派のデモは凄まじいもので、岸内閣は退陣を余儀なくされたのです。退陣を決意した岸は孫の晋三に対し、“憲法改正まで成し遂げたかったが、もう余力がない”と告げたといいます。その意味では、安倍首相は祖父の政治信条を純粋培養した宰相とも言えるでしょう」(前出の浅川氏)
祖父のイメージも手伝ってか、とかく「タカ派」のレッテルがついて回る安倍晋三首相だが、実は細やかな気配りが得意だという。
5月の伊勢志摩サミットでも、この“気配り”は発揮されている。サミットで来日したオバマ大統領は、直前に起きた沖縄の米軍属による日本人女性殺害事件の影響で、かなり神経質になっていたという。
「オバマ大統領は終始不機嫌で、米大統領の広島訪問という歴史的なイベントを控えていた外務省は気が気じゃなかった。実はオバマ大統領は遅刻魔として有名で、外務省は遅刻されて予定が狂うことを恐れていたわけです」(全国紙政治部デスク) こうした懸念は、ただちに安倍首相に伝えられた。
「そこで安倍首相は、米側に“大統領は長旅でお疲れでしょうから、次の会議は1時間遅く開始しましょう”と提案したのです。これですっかりオバマ大統領の機嫌が直ったというから、たいしたものです」(前同)
岸元首相の後を継いだのが、「貧乏人は麦を食え」で有名な池田勇人氏だ。官僚出身で吉田学校の番頭格だった池田内閣の一丁目一番地が、所得倍増計画だった。
「彼は所得倍増計画をこう説明しています。“私の政策は社会党とは違う。池田は3つの卵を4人で分けることはしない。3つの卵を6つに増やして3人で分けて、残った3つは貯金する。これが経済であります!”。かなり乱暴ですが、大衆受けは抜群。彼はスピーチの名手だったのです」(同)
前出の浅川氏は、こう述懐する。「何度か池田さんの食事会に顔を出したことがありますが、最後は決まって出席者が全員輪になって前の人の肩に両手を乗せるのです。そして昭和14年のヒット曲『旅の夜風』を大声で歌いながら回ると、池田さんは男泣きするんですね(笑)。