田中角栄よりスゴイ! 歴代総理大臣「豪快秘話」 (4/5ページ)

日刊大衆

おそらく、歌詞の内容と自分の人生を重ね合わせていたのでしょう」 首相の座は池田氏から佐藤栄作氏に、そして現在ブームとなっている角栄氏に移る。その角栄氏の息の根を止めたのが、三木武夫元首相だ。実は三木元首相に関しては、当人よりも奥方の器量を絶賛する声が多い。前出の浅川氏も、その一人だ。

「三木さんの死後、睦子夫人が中心となって政治家、マスコミ関係者が集う『一七会』が発足しました。会の冒頭では睦子夫人が、“もし三木が生きていたら……”と切り出して、政局分析をするのですが、その観察眼の鋭いこと。彼女は政局の節目で、三木さんに助言していたはずです」 三木元首相の後、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘と首相の座は移り変わるが、首相在任1806日を数えた中曽根氏の次に宰相となったのが、竹下登氏だった。

「角さんに反旗を翻すかたちで、田中派を割って創政会を立ち上げた竹下さんですが、旗揚げのための極秘会合は政治生命を賭けたものだったといわれます。立ち上げメンバーの14人は、85年に築地の料亭『桂』に別々に集合します。個別行動にしたのは、激怒している角さんに動きを察知されないためでした」(前出の鈴木氏)

 その後、総理総裁の座を射止めた竹下氏の口癖が、「アイム・ソーリー、ボク・ソーリー(総理)」 また、こんな川柳も。「歌手1年 総理2年の使い捨て」 その答弁をして“言語明瞭、意味不明瞭”と揶揄された竹下元首相だったが、ギャグセンスは抜群だったようだ。リクルート疑獄が発覚し、竹下元首相が失脚してから9年後、創政会結成の盟友だった橋本龍太郎氏が首相に就任する

「無類の読書家で、オールバックにチェリーをくゆらすのがトレードマークでした。記者に禁煙を勧められても、“一度始めたことを止めるほど、意志薄弱ではない”と啖呵を切る人でしたね」(前出の浅川氏)

 短気ぶりも有名で、官僚を怒鳴り散らすのは日常茶飯事だったとか。加藤紘一氏らが野党の内閣不信任案に同調した「加藤の乱」の際は、「あいつには、熱いフライパンの上で猫踊りさせてやる」と激怒したという。

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