田中角栄よりスゴイ! 歴代総理大臣「豪快秘話」 (1/5ページ)
“コンピュータ付きブルドーザー”の異名を取り、会う人すべてを魅了したとされる田中角栄元首相。ただ、それは彼に限ったことではない。戦後、1億人超の日本国民を牽引した歴代宰相たちは、皆、人間的魅力に溢れていた!
終戦後の混乱が続く1945年5月に第1次吉田内閣を発足させた吉田茂元首相。“ワンマン宰相”として知られる彼は、豪快なエピソードには事欠かない。
「真冬に都内で選挙演説していた吉田首相に、聴衆から“話を聞いてやっているのに上着を着たままとは失礼だ。脱げ!”と野次が飛んだときのことです。彼はすかさず野次の相手を睨みつけ、“外套を着て話すから街頭演説と言うんだ。バカ者!”と一喝。聴衆の喝采を浴びたという話があります」(永田町関係者)
そんな吉田元首相の口癖が、「戦争で負けても外交で勝った国はある」だった。「ある意味、彼はこれを実現しています。日本を極東共産化の防波堤としたい米政府は、吉田内閣に再軍備を執拗に迫ったといいます。ところが、経済を優先したい吉田首相はその要求をかわし続け、代わりに自衛隊を創設しました。いまだ自衛隊が公式に“日本軍”と認められていない不幸は、この吉田裁定が原因とも言えます」(政治ライターの鈴木文矢氏)
吉田元首相は在日米軍を「番犬のようなもの」と言ってはばからず、日本独力で国防を担う場合のコストを大きく削減、余剰分を経済対策等に回した。「ただ、“中途半端”な立場に置かれることになった自衛官の苦衷は痛感しており、幹部自衛官を養成する防衛大学の第1期生の卒業式でこう訓示しています。“君たちは在職中、国民から感謝されたり歓迎されたりすることなく自衛隊を終わるかもしれない。ご苦労だと思う。だけど、君たちが日陰者であるほうが国民は幸せなのだ。耐えてくれ”自衛官の多くは、この言葉に声を詰まらせたといいます」(前同)
この吉田元首相の孫にあたるのが、麻生太郎元首相(現・財務大臣)だ。「麻生さんは、裏表のない性格で地元でも愛されています。歯に衣着せぬ毒舌も持ち味で、口癖は“生まれは良いが、育ちは悪い”“いい若い者が、俺たちみたいな爺さんのような顔をしやがって、これじゃ日本の将来は暗い。