急逝!「世界の山ちゃん」創業者・山本重雄氏の「サービス哲学」 (2/2ページ)

アサ芸プラス

「あるスタッフが店にかかってきた電話に出て、ノリで『世界の山ちゃんです』と応対したのを聞いて、山本氏はえらく気に入り、店名に『世界の』を付け加えたんです。ユニークな店名とともに看板に描かれているマスコットキャラクターは、山本氏をモデルにしたもので、こちらも店舗の知名度アップに貢献しました」(前出・経済記者)

 名古屋での人気を不動のものにし、03年には神奈川県の川崎をはじめ関東進出を果たす。

 当時のアルバイト従業員が振り返る。

「都内の店舗で働いていたら、知らないオジサンが厨房にやって来て、いきなり皿洗いを始めたんです。店長に素性を聞けば、なんと山本社長(当時)。何でも、東京で出店ラッシュが続いていた頃、1日に何店舗も回って現場の士気を高めていたようです」

 14年には香港に海外1号店を出店し、文字どおり「世界の山ちゃん」に育て上げた。09年に社長職から退いて会長に就任すると、そのサービス精神は店外にも向けられていく。

「山本氏が得意としていたのが手品。ボランティアグループに参加して、老人ホームや介護施設を慰問で回っていました。地域の交流会にも積極的に参加し、そこでもマジックを披露して会場を沸かせていましたよ。実は、シャイで口下手なんです。手品は彼流のテレ隠しだったのかもしれませんね」(前出・経済記者)

 寡黙なアイデアマンが30年以上守り続けた「幻の手羽先」は、今も全国の店舗で味わえる。

「やはり、出来たてのアツアツがいちばんおいしい。たくさん注文しすぎて、冷ましてしまうのはもったいない。他の料理も楽しみながら、小出しに頼むのがオススメです」(前出・遠藤氏)

 名古屋メシを全国区にした功績と温かい人柄があらためて偲ばれる。

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