天才テリー伊藤対談「天龍源一郎」(1)今まで自分を規制して生活していた (1/3ページ)

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天才テリー伊藤対談「天龍源一郎」(1)今まで自分を規制して生活していた

●ゲスト:天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう) 1950年、福井県生まれ。中学2年の時に二所ノ関部屋に入門、「天龍」の四股名で前頭筆頭まで昇進する。76年、全日本プロレス入団。ジャンボ鶴田との「鶴龍コンビ」、阿修羅・原との「龍原砲」、「天龍同盟」など、さまざまなムーブメントを巻き起こした。90年、全日本を脱退し、「SWS」に移籍。SWS崩壊後の92年、「WAR」設立。94年1月の東京ドーム大会でアントニオ猪木に勝利し、馬場と猪木の両者からピンフォール勝ちした唯一の日本人レスラーとなる。98年からフリーとなり、さまざまな団体へ参戦。2015年11月、両国国技館にてプロレスラーを引退。引退後はバラエティ番組への出演、俳優業など、タレントとして多岐にわたる活動を行っている。その半生をつづった「完本 天龍源一郎 LIVE FOR TODAY-いまを生きる-」が竹書房より発売中。

 全日本プロレス時代はジャンボ鶴田との「鶴龍コンビ」などで人気が爆発、昭和~平成のリングを盛り上げたプロレスラー・天龍源一郎。現在はタレントとしてバラエティにも進出したが、今なお“ミスタープロレス”の魂は消えず。天才テリーに、その熱い想いを激白した!

テリー プロレスラーを引退して約1年ですが、今やテレビに引っ張りだこ。大ブレイクですね。

天龍 いやいや、おこぼれ頂戴してます。バラエティに出ると皆さんにイジられるでしょう、うまく切り返せない自分が歯がゆい時もありますよね。

テリー 今までだったら「何言ってやがるんだ、この野郎!」って殴っちゃえばよかったですもんね。

天龍 そうなんです。言葉で返さなきゃいけないから大変ですよ。ただ、人と会ったり、いろんな経験をさせてもらうと気分がリフレッシュしますね。今までは、だいたい行動パターンが決まっていましたから。

テリー 長いプロレスラー生活でしたから。

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