【帰ってきたアイドル親衛隊】スタ誕出身なのにヒット曲には恵まれなかったが…大橋恵里子は当時子供だった私の「憧れのお姉さん」 (1/2ページ)

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【帰ってきたアイドル親衛隊】スタ誕出身なのにヒット曲には恵まれなかったが…大橋恵里子は当時子供だった私の「憧れのお姉さん」

 1970年代から80年代前半にかけて、人気だったテレビ番組『スター誕生!』(日本テレビ系)が放送されていた。ここから山口百恵・石野真子・ピンクレディー・岩崎宏美・小泉今日子・中森明菜・岡田有希子など、番組のタイトルの通り多くのスターが誕生した。そんな夢のような番組ではあったが、合格して歌手デビューをしてもヒット曲も出ないまま志半ばで夢を諦めてしまった人も少なくはない。

 現在は既に芸能界を引退してしまっているが、77年に合格した大橋恵里子が合格をした時から気になっていた。大橋はメチャメチャ歌が上手い訳でもなく美少女ということでもなかった。歌手としてデビューしたにも関わらず、歌番組に出演する機会があまりなかった。78年に『だれですか』という5枚目となるシングルが発売されたのだが、世間ではこのタイトルの曲を歌っていることすら知られることはなかった。まさにタイトルのように『だれですか』という状態だった。

 そんな大橋だが、当時は歌手としてではなく、バラエティ番組を中心に活動するようになっていた。今でいうバラドルである。ある時に私は、朝の子供番組『おはよう!こどもショー』(日本テレビ系)を見ていたところ『おはよう!のど自慢飛び入り大会』というコーナーの司会が大橋だったことに気付いた。番組では、のど自慢に出たい人は収録に直接スタジオ来て観覧して、その観覧者の中から歌いたい人が選ばれて歌うという、今では考えられない画期的なコーナーだった。出場条件は小学生であることだったので、当時6年生だった私は早速スタジオ観覧に行くことにした。この時は大橋に会いたいという気持ちより、テレビに出たいという気持ちの方がはるかに上だったので、スタジオに行くまで大橋のことは忘れていたくらいだ。

 スタジオには100人近くの小学生が客席に座り、歌いたい人が挙手をして、司会者に選ばれたら歌えるというシンプルなシステムだった。私も司会者の「歌いたい人」の掛け声を聞いて、一生懸命に声を出しながら手を挙げた。すると大橋が私を選んでくれて歌うことになった。なぜか私がチョイスした曲はシャネルズの『ランナウェイ』である。10点満点で6点という不甲斐ない結果になってしまったが、そんな点数よりここで大橋が私を選んでくれたことが、何より嬉しかった。

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