もはや流行病。アメリカはいかにしてADHD国家となったのか? (2/5ページ)
曖昧な定義づけの結果、薬の大量処方
ADDの症状として ”物事を最後までやり通せない” や ”根気がない” が列挙されるが、そこに ”ある活動から別の活動へ過度に移行する” という三つ目の曖昧な定義が加えられた。不明瞭で、重複した症状のリストが印刷され、アメリカの流行病としてリタリン、のちにはアデラール(AdderallはADD for all(みんなのADD)に因む)といった薬が大量に処方されるようになる。
シュワルツによれば、2013年の時点でアメリカ国内の子供の15パーセント、すなわち7人に1人がADHDと診断されるようになったという。

こちらは2007年までの資料 Courtesy of Centers of Disease Control and Prevention
ピューリッツァー賞の候補にも挙がったシュワルツは、いくつもの資料を渉猟し、千人を超える人々とのインタビューを繰り返してこの物語を明らかにした。
薬漬けとなった国家
デューク大学のキース・コナーズ博士は、蔓延した診断を「危険なほど増えた国家規模の災害」と評している。一体いかにして非常に依存性の高いアンフェタミンを微調整したリタリン、つまりメチルフェニデートが誕生するにいたったのか。
シュワルツは”コナーズ評価スケール”を紹介している。これはコナーズ教授が1989年に売り出し、全国の病院に採用され、標準的な診断手法となったものだ。しかし、そこで取り上げられている基準とは、”不機嫌”、”夢想”、”賢ぶる”、”落ち着きのなさ”といったもので、子供なら当たり前のことだ。
繰り返し改名され、その症状が大幅に継ぎ足されていく
シュワルツは、診断基準である行為を適切に特定する方法に関する精神科医のジレンマを繰り返し指摘している。