【山口組抗争】関東の二大組織と六代目山口組司組長による三者会談の中身 (2/2ページ)

東京ブレイキングニュース

 その組織の國粹会が山口組加入を受けて、発展的解散その後、関東親睦会と名前を変えて、現存してはいるが、その当時の形態とは形が変わってしまった事は歪めない。組織名も、上部組織も変わってしまったのである。

 例えば松葉会は松葉会関根組と分裂し、前者は六代目側と、後者は神戸側と付き合っているのだ。東亜会と今年の秋に代が変わり、組織名も初代の町井久之氏が命名した東声会に変わり、六代目山口組側と深い関係には変わりはない。

 双愛会も最近代が変わり七代目体制となった。交和会も稲川会に参入し、その後名称変更、義人党も同じく住吉会に参入し、同じく名称は変わった。二率会は割れる際に抗争を起こしたが、神奈川側が稲川会、東京側が住吉会と別れて住吉会は二率会の縄張りであった新宿を文字通り手中に収めた。それまでは新宿を含めた中央線沿線は二率会の縄張りであり、住吉会はその縄張りを借りていたのだ。

 関東二十日会は関東に縄張りを持つ博徒系組織の集まりであった。それまでは山口組は関東に縄張りを持っていなかったので入る資格はなかったが、銀座、渋谷等を縄張りに治める國粹会、そこから別れた落合金町一家の山口組加入に際して発展的解消をする他はなかったのだ。

 その選択は外部の人間には分からないが、今も尚都内で大きな抗争事件が起こっていないので正しかったのであろう。その他の地方組織、テキヤ組織との関係は字数の問題もあり、次回以降に譲るが、組織の大きな再編は今後はないと思われる。

Photo by 烈侠

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