トヨタ・プリウス20周年記念!プリウスの歴史と、その燃費性能を振り返ろう (2/5ページ)
トヨタ・スポーツ800 photo by Mytho88(CC BY 3.0) ■21世紀のクルマとは何かと考えた結果に生まれたプリウス
再びハイブリッド車が話題に登り始めたのは、1990年代に入ってからでした。当時すでにEV(電気自動車)の研究が進み、市販も行われていましたが、価格が高く、一般ユーザーには手の届かない存在でした。そんな中トヨタ社内では「21世紀にふさわしいクルマ」とは何かを模索し始めます。
「50%の燃費改善」という共通認識の元、既存の内燃機関の改良などが考えられましたが、トップからの「燃費向上は、最低でも100%でなければならない」という大号令が下り、これを達成する道はハイブリッドしかないということで、再びハイブリッドの研究が始まることになったのです。
そして1995年の東京モーターショーで、トヨタは「プリウス」と名乗るハイブリッドカーを発表します。しかしこの時、トヨタはハイブリッドという名称は避け「EMS(Energy Management System)」という全く新しいパワーユニットであると紹介していました。
photo by トヨタ自動車株式会社 ■誰もが手が届く未来、プリウス誕生直噴エンジン、CVT、キャパシタを電源とするモーター/ジェネレーターをECU(コンピューター)にて制御する世界初の機構を持ったこのプリウス・コンセプトは、世界中から賞賛の声を浴び、このコンセプトをさらに磨き上げるべく開発が続けられました。
その後、1997年。トヨタは2台のハイブリッドカーの市販に成功します。1台はマイクロバスの「コースター」、そしてもう1台が「プリウス」です。
photo by トヨタ自動車株式会社世界初の量産乗用ハイブリッド車となったプリウスは、発売当時のカタログ燃費(10・15モード)で28km/Lという驚異的な数字を記録します。これは当時の小型セダンの倍の燃費に匹敵し、トヨタは公約を果たしたかたちになりました。
初代プリウスが注目されたもうひとつの理由は価格です。