【永田町炎上】ハンセン病患者の「暗黒法廷」政府や国会よりも遅かった最高裁の謝罪 (2/2ページ)
■内閣や国会よりも15年も「謝罪」が遅かった最高裁の人権感覚
平成13年5月、熊本地裁は「国がハンセン病患者に対し隔離政策を1960年以降も続けたことは違憲」とする判決を下した。60年にはWHOが隔離を否定し、外来治療を提唱している。政府は控訴を断念。小泉純一郎総理は首相談話で「謝罪」を表明。同年6月には、衆参両院も「謝罪」の意を表明する決議を全会一致で採決している。
ところが当の最高裁はそれから15年もの間、「そ知らぬ顔」を決め込み、平成25年11月の療養所入所者らの団体による「特別法廷」の検証の申し入れを受け、平成26年5月、重い腰を上げ事務総局内に委員会を設置。同年12月から患者らの聞き取り調査に乗り出した。昨年の9月には団体側が第三者機関の設置を求めたため大学教授や弁護士らによる「有識者委員会」が初会合。本年4月に「調査報告書」なるものを発表した。
「──報告書」では、」「暗黒裁判」と言われた裁判所外での審理の実態を明らかにした上で、裁判所までが差別に加担し、「裁判所法違反」だったことも認め、元患者らに謝罪した。政府や内閣よりもなんと15年も遅い謝罪である。
■「違憲性」を認めなかった最高裁の「お手盛り報告」
もっとも「──報告書」は憲法14条の「平等原則」違反の点については直接触れず、記者会見で口頭でのみ「違憲の疑いがある」と渋々認めただけであった。憲法違反を理由に過去の裁判の「再審」を求められては厄介だからであろう。
また憲法37条の「裁判の公開原則」違反に関しても「療養所は一般国民が事実上訪問できない場所とまでは断定できない。開廷を告示し、傍聴を許していたことが推認でき、憲法の定める公開の要請を満たさない事例は認定できない」などと形式論を並べ立てて違憲性を否定しているが、「特別法廷」は激しい差別の場であった療養所など社会から隔絶された場所で開かれたケースが多く、傍聴人がいたとは思えず、国民による「裁判のチェック」機能などまったく働かなかったと言って良い。
こうした「手盛り報告」に対し、「有識者委員会」は「いずれも違憲」と断じ、患者側団体も「ハンセン病というだけで患者を憲法の対象外に置いた司法の責任は全く不問にされたに等しく、到底受け入れられない」と憤慨しているが、当然のことであろう。
いずれにせよ、単にハンセン病というだけで長く「法の下の平等」を踏みにじってきた最高裁に果たして「一票の格差」の是正を国会に求める資格などあるのだろうか。
- 文・朝倉秀雄(あさくらひでお)
- ※ノンフィクション作家。元国会議員秘書。中央大学法学部卒業後、中央大学白門会司法会計研究所室員を経て国会議員政策秘書。衆参8名の国会議員を補佐し、資金管理団体の会計責任者として政治献金の管理にも携わる。現職を退いた現在も永田町との太いパイプを活かして、取材・執筆活動を行っている。著書に『国会議員とカネ』(宝島社)、『国会議員裏物語』『戦後総理の査定ファイル』『日本はアメリカとどう関わってきたか?』(以上、彩図社)など。最新刊『平成闇の権力 政財界事件簿』(イースト・プレス)が好評発売中。