三菱パジェロがマイナーチェンジ! パジェロが辿った歴史と日本の出来事を振り返る (2/5ページ)
1987年
バブル景気。
映画「私をスキーに連れてって」大ヒット。
1988年
日産・Y31シーマ発売。
1989年
昭和天皇が崩御し、新しい元号が平成に。
日産・R32スカイラインGT-R発売。
トヨタ・UCF10系セルシオ発売。
■パジェロ人気が爆発した90年代1991年、シーマ・セルシオ・GTR・NSXという、性能面でも金額面でも、今までの日本車の枠を超えた車たちを当たり前に見かけるようになった頃に、パジェロは2代目にフルモデルチェンジしました。
2代目パジェロは、初代のイメージを上手く残しながらも、力強さとスタイリッシュさを昇華させた内外装デザインを備え、エンジンバリエーションや走破性と扱いやすさを備えた4WDシステムも、一般ユーザーを惹きつける車でした。更に、三菱は徹底的なマーケティング戦略によってパジェロを広く認知させることに成功しました。そのマーケティング戦略とは、パリ~ダカールラリーへの日本人ドライバーによる本格参戦と優勝による高性能アピール、日本人ドライバー及びラリー車両のメディア露出による親近感向上、特別仕様車の投入、TV番組での視聴者プレゼント車両として採用などでした。
特にTV番組での視聴者プレゼントコーナーでは、出演者とスタジオ内の観客全員で「パジェロ!パジェロ!」というコールをする演出で、景気の衰退をもろともせずに、一気にパジェロの商品価値を高めることに成功しました。
1990年代には、下表のような出来事がありました。この年代は、社会を揺るがす大きな出来事が発生した年です。特に1993年のバブル崩壊による景気の落ち込みにより、短命に終わる車種や、存続の危機に瀕したメーカーもある中で、パジェロは根強い人気を維持していました。
1990年
ホンダ・NSX発売。
マツダ・ユーノスコスモ発売。
三菱・GTO発売。
1991年
2代目パジェロ発売。
ディスコ「ジュリアナ東京」オープン。