三菱パジェロがマイナーチェンジ! パジェロが辿った歴史と日本の出来事を振り返る (3/5ページ)
フィガロ発売。
カプチーノ発売。
1993年
バブル崩壊。
1994年
小室ファミリー人気。
TV番組「東京フレンドパークⅡ」人気。
1995年
阪神淡路大震災。
地下鉄サリン事件。
1997年
トヨタ・NHW10プリウス発売。
1998年
長野オリンピック開催。
1999年
3代目パジェロ発売。
■受難を迎えた2000年代デビューから1990年代までの約20年間、三菱の重要な稼ぎ頭として成長したパジェロが、1999年に3代目へとフルモデルチェンジを行いました。2代目まではベースボディを5ナンバー枠に収まる1,695㎜としていました(3ナンバーボディは、オーバーフェンダーによるもの)が、この3代目では純粋にボディ幅で1,875㎜へと大きく変更されました。当然全長も長くなり、風格を備えた大型SUVへと成長を遂げます。
ボディサイズ拡大により、従来の弱点であった室内スペースが広大になり、更に魅力が増大。また、シャシー構造を強靭な反面重量が重いラダー式から、ラダーフレームをモノコックに溶接した方式に変更することで、従来モデルよりも100㎏軽く、3倍の剛性を持つシャシーになりました。 サスペンションは、前モデルのパジェロ・エボリューションと同じく、ストローク量を大きく取ったダブルウィッシュボーン/フロント、マルチリンク/リアの4輪独立懸架式となり、街中での快適性だけでなく、走破性も向上させています。
しかし、三菱が全精力を傾けてリリースした新型パジェロですが、残念ながらその勢いに水を差す重大な事件を三菱自動車自身が起こしてしまい、以後様々な問題が続いてしまいました。また、日本社会自体もバブル崩壊以後の迷走が続いていたのが、2000年代です。
それでも三菱はパジェロの開発を続け、4代目のパジェロ、2006年に登場します。シャシー構造は3代目の方式を踏襲し、更なる剛性アップと軽量化を実現しました。