トヨタ、WRC復帰記念! ラリー挑戦の軌跡を振り返る (3/5ページ)

イキなクルマで

■市販車最強ラリーカーの誕生photo by トヨタ公式ブログ

Gr.S構想がなくなったことを受け、WRCは1987シーズンからより市販車に近いGr.A規定で争われることになりました。トヨタはここにMA70型スープラで参戦しますが、思うような結果が残せず、惨敗を喫します。翌1988年の第5戦ツール・ド・コルスより、よりコンパクトなST165型セリカを投入。1989年の第10戦オーストラリアラリーにて見事優勝を果たしました。

セリカの快進撃はまだまだ続きます。1990年には「エル・マタドール(闘牛士)」の異名を持つ、カルロス・サインツがドライバーズチャンピオンを獲得。彼はマシンがST185型セリカに代わった1992年にも、ドライバーズチャンピオンの座に就いています。そして1993年、ユハ・カンクネンのドライブによりドライバーズ・マニュファクチャラーズのダブルタイトルに輝きました。日本車のWRCマニュファクチャラーズタイトル獲得は、トヨタが初になります。翌1994年もディディエ・オリオールがドライバーズタイトルを射止め、マニュファクチャラーズも2年連続で獲得。セリカは最強ラリーマシンの名声を欲しいままにしたのです。

■活動休止を経て、新世代のフィールドへphoto by ultimatecarpage

好調な走りを見せていたトヨタですが、1995年の第7戦カタルーニャラリーでレギュレーション違反(エアリストリクター径に関するもの)が発覚。重大かつ悪質なものと判断したFIA(国際自動車連盟)は、トヨタのそのシーズンの全獲得ポイントをはく奪、1年間の出場停止をいい渡します。トヨタは2年間の活動自粛を表明、表舞台から去ってしまいました。

その間に、ラリーカーはGr.Aより改造の自由度が増したWRカーが登場、トヨタも再挑戦の機会を伺うべくテストを行います。そして1997年のフィンランドラリーにて、ニューマシンであるカローラWRCがデビュー。1998シーズンからの本格参戦に向け、テスト参戦を行いました。そして1999年には、マニュファクチャラーズチャンピオンを獲得。

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