敵対勢力に対する「墓所の破壊や冒涜」という反抗手段が歴史上存在した (2/2ページ)
■明治時代には「お墓を破壊してはいけない」という法律も存在した
こうした「敵対者の墓所などへの冒涜」は、近現代に入ってからも続いている。幕末には、いわゆる勤皇派による、歴代足利幕府将軍の墓所への投石などが起きている。そして、こうした足利将軍の墓所への冒涜は、明治以降終戦に至るまで散発し、時には小学校の教員が児童を引率して行ったケースもある。
更にいうと、こうした「敵対者の墓所への冒涜」は、いわゆる天下国家の政治に関して敵対する者同士に限られたことでは、なかったようである。
例えば、明治期には「人の墓所にいたずらをしたり、破壊してはいけない」という法律の条文が、わざわざ作られていた。これも一つには、「気に食わない相手の墓」を冒涜することが、法律で禁じなければならないほど、当時は多発していたからだという可能性もある。