TOKIO城島茂が初めて作った鼻歌をいまだメンバーが口ずさめるワケ
TOKIOのリーダー、ギタリストとしてのみではなく、楽曲を手掛けることでも知られている城島茂(46)。作詞作曲をした「僕の恋愛事情と台所事情」(2005年発売)は、かつてTOKIOがレギュラーを務めていたバラエティ番組『メントレG』(フジテレビ系)のエンディング曲で、メンバーそれぞれが作った曲の中から視聴者の投票によって選ばれ、DVDシングルとして発売された。現在のTOKIOの楽曲は、長瀬智也が作詞作曲を手掛けたものが多いが、城島の温かみのある曲もまた、ファンには愛されているのだ。
5月10日に放送された『TOKIOカケル』(フジテレビ系)では、そんな城島が初めて手掛けた曲のエピソードが語られた。
この日のゲストは、西川貴教。西川は、城島と同じ46歳。彼が初めてバンドを結成したのは中学生のころだが、それはコピーバンドだったため、初めて自分で曲を作ったのは高校生のとき。「煙草の煙が~」というフレーズを入れていたそうで、TOKIOメンバーとともに「大人になりたい願望だよね~」と話は盛り上がっていた。
そして、話題は城島が初めて作った曲の話に。当時を振り返り「プリコの曲かな~」とポツリとつぶやいた言葉に反応したのは、TOKIOのメンバー。「プリコだ~!」という長瀬の発言から「♪プップップリコ プリコはいつも ニコニコニコニコ笑ってる~」と大合唱しながら、全員が大爆笑。「なんなのそれ、なんで歌えんの?」と驚く西川をよそに、長瀬は「なぜか教え込まれた」と懐かしそうな表情を見せる。なんでもジャニーズの合宿所がまだあったころ、当時合宿所で共同生活を送っていた現在のTOKIOメンバーらの間で歌われており、長瀬は中学生のときにこれを口ずさんでいたそう。
しかし、ここで西川から重大な指摘が……。「だいたいこれ作ってねえしな!」とツッコむように、この曲は実は有名な童謡「証城寺の狸囃子」のメロディーをそのまま用いた替え歌だったのだ。
TOKIOのコンサート定番曲として知られ、披露されるたびにファンが歓喜する「城島SONG」も、城島によるもの。メンバーの紹介曲でコンサートごとにその歌詞が変わる珍しい曲だが、力強いサウンドながらも耳なじみのいいそのメロディーは、童謡の模倣から始まった彼の音楽家人生を考えると必然なのかもしれない。
- 文・ジャニーズ研究会(じゃにーずけんきゅうかい)
- ※ジャニーズを愛する有志による記者集団。『ジャニーズ50年史』『完全保存版ジャニーズの歴史――光も影も45年』『ジャニーズに捧げるレクイエム』(鹿砦社)など多数の出版物を刊行。
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