「河野談話」と「村山談話」が従軍慰安婦問題に与えた影響 (1/2ページ)

従軍慰安婦の募集に日本軍が関与したという決定的な言質を韓国に取られたのが、宮沢改造内閣の河野洋平内閣官房長官が1993年8月4日に発表した『河野談話』だ。
一方、『村山談話』は、1995年8月15日の戦後50周年記念式典に際し、当時の村山富市首相が「戦後50周年の終戦記念日にあたって」と題して、閣議決定に基づき発表した声明で、日本から巨額資金を持ち出して行った日韓併合を“植民地支配”と改悪し、またアジア諸国への“侵略”を謝罪したものだ。
韓国や中国が両談話を盾に、日本に対して「歴史を直視しろ」というのも無理からぬことなのである。
さて、河野談話の黒い裏側を、実際に韓国との交渉に当たった、ふたりのキーマンの証言から見てみよう。
【事務方トップだった当時の石原信雄官房副長官:2014年2月20日衆院予算委員会】《当方は、直接日本政府(軍)が強制的に慰安婦を募集したことを裏付けるものはなかったという資料を提出している。事務方は16人の慰安婦の方の証言を日本側の担当者が聞いて、それを記録して帰ってきたが、その後、証言の事実関係を確認する裏付け調査は行っていない》
【河野・村山談話の作成作業に携わった谷野作太郎外政審議室長】谷野氏は『世界』(2013年9月号:岩波書店)のインタビュー記事で、河野談話について《韓国は提出資料のどこにもない『軍が組織として強制的に女性たちを連行した』を書き加えろ、でなければ連行していないという証拠を出せと執拗に迫った》と回顧している。
また、河野談話を誘発したのが朝日新聞(1991年8月11日付)『植村隆レポート』だ。この記事は、従軍慰安婦の金学順(キム・ハクスン)さんが「親に40円で売られた」という供述を「女子挺身隊の名で戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた」にすり替えた捏造記事であることが、今日では判明している。