【週末博物館紀行】東京で「憧れのミュシャ」を尋ねる (1/3ページ)
プラハは、パリやウィーンと並ぶヨーロッパ域内の「芸術の都」です。
ですが、プラハ芸術の歴史はまさに苦難の道と表現するべきで、人々の血と涙の結晶が数々の美しい作品を生み出したと言っても過言ではありません。
この記事でご紹介するアルフォンス・ミュシャの絵画も、まさにチェコ人の独立を求める声が生み出した「民族団結の結晶」と言えるでしょう。
・チェコと宗教改革
現在のチェコ共和国は、1993年にスロバキア共和国と分離した「ビロード離婚」から始まります。
それ以前のチェコは、ある一時期を除いて常に周辺の大国に支配されてきました。「他国に支配される」ということは、自分たちの固有の言語を公の場で使ってはいけないということです。それだけではなく、生まれた時から慣れ親しんできた文化や慣習が外国人に否定されてしまいます。これ以上の理不尽はありません。
その中でチェコの人々が拠り所にしたのは、宗教改革者ヤン・フスの教えです。
中世ヨーロッパのキリスト教は、カトリックと東方正教会しかありませんでした。とくにカトリックは西欧から中欧にかけての地域で絶対的な権力を握っていました。ですが14世紀から15世紀にかけて、「カトリックの教義はおかしい」という声が聖職者から相次ぎます。
フスは当時カトリックが配布していた「免罪符」に抗議しました。教会にお金を出せばすべての罪が許される、というものです。すると結局は「金持ちしか天国に行けない」ということになってしまいます。
「神はどのような人に対しても平等に接してくださるはずだ!」
フスはそう声を上げ、同時に独自の宗派を作りました。ですが当然、カトリックがそれを許すはずがありません。宗教裁判の末、フスは火刑に処せられます。