名物キャバレー会長が「50年の営業日誌」を初公開!(2)水商売の人間は軽視された (2/2ページ)

アサ芸プラス

「6年間はボーイでトイレ掃除、使い走り、何でもやらされた。先輩が気に入らなければしょっちゅう殴られていたね」

「おしゃれ茶屋」では7年ほど働いた。歌舞伎町にも、水商売にも慣れてきた頃、声がかかり始める。

 いろいろな店で経験を重ね、歌舞伎町で水商売の若手ホープとして名をはせていった。以来、歌舞伎町一筋59年。関わった店は28店舗。現在は、「ロータリー」会長のかたわら、新宿社交料理飲食業連合会・常任理事として歌舞伎町の振興にも努めている。

「私はこの業界でのし上がろうと決心し、酒も博打もやらず、仕事一直線でやってきた。当時の水商売の人間に酒と博打と女は付き物で、そんな人間の転落模様をイヤというほど見ていたよ。当時はヤクザともボーイともつかないようなのも多く、小指のないボーイも珍しくなかった。世間も水商売の人間をまともな目では見ていなかったよね。よけい、何くそって気持ちがあった」

笹川伸雄(ジャーナリスト)

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