お饅頭と徳川家康の深い関係?日本での最初のお饅頭はあんまんが元祖 (1/2ページ)

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お饅頭と徳川家康の深い関係?日本での最初のお饅頭はあんまんが元祖

観光地や温泉地での人気のお土産の一つに、お饅頭があります。お饅頭は、平和になって食が多様化した江戸時代に食文化の一つとして花開きましたが、そこに至るまでは長い歴史がありました。

饅頭誕生の陰には三国志と禅宗があった


饅頭の起源には諸説ありますが、最も有名なのは三国時代の英雄・諸葛孔明が深く関わる説話です。南方遠征の際に暴風雨に悩んだ孔明が、「人間の生首を神に供えましょう」との提案に対し、人命を損なわない策として、小麦粉の皮で肉餡を包んだお供え物を考案したといわれています。

当初は人の頭ほどもあった饅頭ですが、徐々に小さくなって今の肉まんに近いサイズになり、具のバリエーションも増えて中国全土にに普及していきました。その中国式の饅頭が我が国に渡来するきっかけを作ったのが、中国で修行をしていた禅僧・龍山徳見です。

精進料理から和菓子のお饅頭へ

貞和5年(1349年)、龍山徳見が帰国したときに、中国人の弟子・林浄因がお供として来日しました。浄因は、奈良に居を構えて饅頭の製造販売を生業とし、肉食が出来ない僧侶でも食べられるように、小豆餡を包んだ饅頭を売り出します。

日本での最初のお饅頭は、中国の職人が禅僧向けに考案したあんまんが元祖だったのです。龍山徳見が死去した後、浄因は望郷の念に駆られて中国に戻りますが、その業績を称えて漢國神社内に浄因を菓祖神として祀った林神社が建立され、今もお祭りが行われています。

始祖・林浄因の帰国後、子孫は奈良で饅頭職人を続けました。室町時代には戦乱を避けて三河国(愛知県)に移住、塩瀬と言う豪族と縁組みして改姓します。それが、現代も続く御菓子老舗・塩瀬総本家の始まりです。

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