歌舞伎町・区役所通りで高級クラブ37年のママが回顧(3)お店のローンを6年で返済 (1/2ページ)
彼女にはもう一つ大きな悩みがあった。
それは、同棲していたダン池田氏との結婚問題だった。池田氏とはもちろん、「ダン池田とニューブリード」で活躍した、ジャズのビッグバンド・マスターである。
「知り合ったのは昭和51年か52年かな? ボウリング場でショーがあったの。その時のバンドの先生だった。すてきな人だなと思ったら、『プロフィール持ってきなさい』と言われて、相談に乗ってもらってるうち一緒に住むようになったわ」
彼には夫人がいた。そして、この関係は当時、週刊誌の話題にもなった。それでも二人は、なんと彼女の故郷で仮祝言をあげたのだ。愛田ママは「涙の祝言だった」と話すが、はたして破局を迎える。
「池田先生とは4年間同棲したけど、奥さんが離婚届に判を押してくれない。もう待てなかった」
歌手をやめる決心はできたが、歌は好きでやめられなかった。
そんな彼女に、池田氏の仲間がバンドで入っている店を紹介される。歌舞伎町・風林会館の向かいにあった高級クラブ「ナポレオン」。ステージで歌い、席で接客もする。
ここで4年間無欠勤で働き、しっかりためて独立した。
彼女がクラブの開店を決意した80年の8月、歌舞伎町の区役所通りに「星座館ビル」が竣工する。
オシャレなビルは分譲と賃貸だった。幸いにもオーナーはママと懇意にしていた歌舞伎町の著名な社長。独立の決意を聞いた社長は二つ返事で店の分譲にローンを組むという彼女の連帯保証人になってくれた。
結果、愛田ママは30年の支払いを6年で返済している。ところで、下世話な話だが、男と別れる時には手切れ金が出るのが普通。店の資金はダン池田氏から出なかったのだろうか。あれだけ売れていたミュージシャンである。少し間を置き、愛田ママは答えた。
「池田先生、お金なかった。でも芸能人やテレビ局の方とかたくさん連れてきてくれたわ。『苦労かけたな』って。先生は私には神様みたいな人で、尊敬していた。別れてからも10年ぐらい店には来てくれたわ。“俺の店だ”って感じで態度は大きかったけどね。今でも感謝している」
池田氏は07年12月25日、急性呼吸不全のため72歳で亡くなっている。ママに結婚歴はない。