中世ヨーロッパでもっとも謎めいた種族、ピクト人に関する10の謎 (5/6ページ)

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・3. スコットランド王ケネス1世


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 9世紀中頃、ピクトの王権はバイキングによって壊滅状態にあった。この権力の空白に名乗りをあげたのがケネス・マカルピンだ。ダルリアダ王の子として810年頃に誕生し、ピクトとゲールの王国を統一。スコットランド最初の王となった。

 伝承によると、ケネス1世はドルスト10世(Drust X)を中心とする7つのピクト人王家と対立していた。彼は底に杭を並べた落とし穴を仕掛け、そこに酒に酔っ払った敵対者を落として殺害したという。しかしこれは疑わしい。

 ケネス1世の統治は848年前に成立していたのだ。それでもバイキングの脅威はまだあった。ゲール人のダルリアダ王国は140隻の船で襲来したバイキングによって滅亡。858年にケネス1世が死ぬと、ピクト人もまた消えた。・2. ピクトの獣


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 2011年、ブラックアイルでピクト人が残したと思われる獣の彫刻が発見された。5~7世紀のものだが、風化の跡がないため、もともとは屋内に設置されていたか、埋められていたのだと推測されている。

 動物の他に三日月、くし、鏡も刻まれている。さらに付近からは魚の鱗かガチョウの羽らしきものが彫られた彫刻も発見された。・1. 現代に生きるピクト人


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 9世紀頃、ピクト人が歴史の表舞台から姿を消したとき、彼らがどうなったのかは長い間謎だった。
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