徳川将軍たちはどんな人だった? 後編:8代・吉宗から15代・慶喜まで (3/4ページ)
松平定信が老中となり寛政の改革に取り組みますが、あまりに規制が厳しく反発があったため罷免します。水野忠成(ただあきら)の台頭で幕政はゆるみました。40人の側室に55人の子供というから、別の意味でパワーが凄いようで。在職期間は50年、享年は69歳でした。
12代・家慶
徳川家慶像
家斉の嫡男の家慶(いえよし)は、45歳で就任。老中・水野忠邦を信任して、天保の改革を進めるものの、上手くいかず罷免します。在職期間中にペリーが来航。61歳のとき、病没しています。
13代・家定
徳川家定像(徳川記念財団蔵)
家定(いえさだ)は29歳で就任した、家慶の息子。病弱で癇癪もちな上に奇行も目立ったようです。よくいえば自由奔放ですが、周囲の人々は振り回され大変だったのでは。体が弱かったためか、35歳という若さで生涯を終えます。