【日本人が知らないニッポン】「武士の時代」の残光を求める全国周回旅行のすゝめ (2/3ページ)
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・鉄と武士

もうひとつ、武士は「製鉄技術」を大幅に発達させました。
武士に刀は欠かせません。そして日本における重工業の基礎は、常に刀作りと共にあります。鉄という、じつはデリケートな素材を手作業で頑丈な武器にしなければならないのですから、刀鍛冶は世界最先端の製鉄技術を有していました。
今の島根県に位置する奥出雲では、たたら製鉄が盛んに行われていました。これは巨大なふいごで炉に空気を送り込む技術で、そこからは良質の鉄が生産できます。切れ味鋭い日本刀は、この鉄から加工されました。
16世紀前半の中国地方の覇者だった尼子経久は、この鉄から得られる収益を独占しました。もちろん、奥出雲の鉄を加工して作った槍や刀は兵器として、尼子直属の戦闘集団「新宮党」に配備されました。中国地方の大名といえば毛利元就をイメージしがちですが、じつは若い頃の元就は尼子配下の地方豪族に過ぎなかったのです。経久が存命中の尼子は、戦国最強クラスの大名家でした。
それはひとえに、最高の製鉄技術がもたらした結果と言えるでしょう。
・鉄砲が与えた衝撃

その中で、海外から新技術がもたらされます。
鉄砲です。それまで誰も見たことのなかったこの兵器は、しかし種子島への伝来からたったの1年でコピーされてしまいます。日本刀製造の技術があれば、鉄砲の生産は決して難しくないものだったのです。
鉄砲は瞬く間に普及し、武士にとっても欠かせない武器となりました。そしてそれは、戦乱の世を終わらせるほどの威力を持っていたのです。
同時に、鉄砲は武士が発展する一方だった時代をも終わらせました。