「文学的失語」に見舞われた芥川賞作家 6年ぶりの新作を語る(2) (4/4ページ)

新刊JP

表紙

――そんなデビューから10年が経ちました。今後の抱負をお聞かせ願えますか。

諏訪:やれることを、時間をかけてでもやっていこう、ということだけです。

この先、文学というものがどうなっていくのか、たとえば自分がやっているような、物語で胸を打つよりも、それ以上に文体や言葉そのもので読み手の胸を打つような小説が、これからも文学的価値のあるものとして市民権を得ていけるのかというのはわかりません。

必要とされなくなったら淘汰されるのみですが、自分のやっていることがどこまで許容されるのか、自分のような二十世紀までの文学的アーカイヴしか持っていない昭和育ちの作家にいつまで活動期限が残されているのかということには僕自身興味があって、だからこそ時代の流れにおもねってはいけないと思っています。

そこは自分との苦しい我慢くらべになるわけですが、時代におもねらない代わりに、自分の信じる文学的な「自由」や「立体性」はとことん追及して、とにかく中途半端なものは出さない、自分で完全に納得したものだけを出すということは自分に課しています。時間はかかりましたが、今回の『岩塩の女王』で、ついにそれができた、と思っています。

次回の小説が何年後になるかわかりませんが、「あの諏訪が書いたのなら仕方ない、読んでやるか」ということで買ってくれる読者の方々がついてきてくれるように、これからも妥協せずに苦しみながらやっていきたいですね。(インタビュー・記事/山田洋介)

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