【世界の街角】地図職人は悪夢を見る?ブルガリア第2の都市、プロヴディフの旧市街をお散歩 (1/3ページ)
その起源をおよそ6000年前にさかのぼるブルガリア第2の都市、プロヴディフ。
紀元前19世紀にはすでにトラキア人の集落が造られており、その後ローマ帝国、ビザンツ帝国、第1次・第2次ブルガリア帝国、オスマン朝と、たびたび支配者が入れ替わりました。
オスマン朝の支配下で、プロヴディフはブルガリア民族復興運動の中心地となり、ヨーロッパ各地を旅した裕福なプロヴディフ商人たちが、当時の流行を取り入れた邸宅を建てました。
この時代、プロヴディフには自らの豊かさを誇示するかのような、装飾性の高い華やかな邸宅が次々に誕生したのです。

プロヴディフの旧市街には、民族復興様式の邸宅をはじめとする、色とりどりの建物が今も残っています。
坂をのぼって、丘の上に築かれた旧市街にたどり着くと、石畳の道の両側に上階部分が張り出した伝統的な家屋が並ぶ光景が目に入ります。

プロヴディフの旧市街で最も美しい建物のひとつが、1847年にイスタンブール出身のハジ・ゲオルギが建てた邸宅。

バロック様式と民族復興様式をミックスした建物で、黒を基調とした外壁を飾る花模様が印象的です。