報復は国も宗教も関係ない普遍的なもの オマル・エル=アッカドインタビュー(1) (2/3ページ)

新刊JP

たとえば、アフガニスタンに空爆をしても、アメリカのど真ん中に空爆をしても、生き延びた人は同じ感情を持つはずです。どこに住んでいるどんな人であっても、不正義と思われることをされたら、同じような気持ちになり、そして同じような行動をとる。

私たちはどうしても地球の反対側にいる人は、考え方も行動もまったくちがうんだと考えがちですが、そうではないんだというアイデアが、こういうテーマに結びついたんだと思います。

表紙

――「報復」というテーマについて。この作品では、たとえば主人公のサラットが物語の最後で報復の無意味さや不毛さに気づいて、計画していた報復的行動を取りやめる、といったことにはならず、報復は完遂されます。こうすることによってどんなことを表現しようと思ったのでしょうか。

オマル:この作品については、エンディングがどうなるかというのは比較的早い段階からイメージができていました。ただ、書き進めるうちにもう少しハッピーなエンディングの方がいいんじゃないか、そちらの方向に転換したほうがいいかもしれないという気持ちに駆られたのは事実です。

一方で、「こういう状況に置かれたら、人はこうするだろう」という自然な成り行きをしっかり書ききる責任も感じていましたから、結局は当初イメージしていたようなエンディングにしました。

付け加えるなら、サラットが報復の不毛さに気づいていなかったかというと、そんなことはないと思います。その無意味さは十分にわかっていたはずですが、彼女の場合は「報復」だけでなく「世界のすべて」を不毛なものだと感じていたでしょう。だから、彼女が成し遂げた報復は、特定の誰かへの報復ではなくて、世界全体に対しての報復だったんです。

最後の場面のサラットは「悪の化身」になっていますから私自身好きではありませんが、この小説で私が目指したのは「イノセントな人がどうキラーになっていくのか」という変化です。

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