自殺未遂で心を病んだ西郷隆盛が愛した流刑地の妻、愛加那 [後編] (2/2ページ)

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子供たちのその後

さて、西郷と愛加那の2人の子宝はその後どうなったのでしょう。菊次郎は1年半ほど鹿児島に滞在したのち西郷に従って東京に上京。その後は米国留学などの経験を積み、17歳の時西南戦争で父とともに戦います。

激戦で片足を切断するも命は助かり、やがて明治の英雄・西郷の息子として外務省に迎えられます。留学経験を活かした海外勤務などを経て、やがて京都市長に就任。この厚待遇の裏には、明治天皇が「西郷の遺族はどうしているか」と気にかけたからという驚くべき説もあります。また、菊次郎は子沢山で、7男7女に恵まれ、その1人が奄美大島に立派な愛加那の墓石を建立したそうです。

西郷菊次郎 Wikipediaより

また、妹の菊草は菊子と名を改め、大山巌の弟である大山誠之助の妻になりました。2人の子を儲けるも、あまり夫婦関係は上手くいかなかったようで、晩年は兄の菊次郎の元に身を寄せたといいます。兄妹は力を合わせ、父が打ち建てた明治の世を力強く生き抜いたのです。

【参考文献】

西郷隆盛全集編集委員会「西郷隆盛全集」1〜5巻 大和書房 潮田聡/木原三郎「西郷のアンゴ(島妻)愛加那」みずうみ書房 「西郷隆盛完全ガイド」晋遊舎

イラスト:筆者

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