「技術による先進」――アウディの魅力を徹底解説!―― (2/5ページ)
その後、第一次世界大戦での敗戦、世界恐慌を経験したドイツはその経済に大打撃を受けます。その余波は当然ドイツのすべての自動車会社にも及びました。単独での存続が厳しくなったこともあり、先述した四つの会社が統合し、「Auto Union AG」という会社を設立しました。
これがアウディの元になります。その後もいわゆるアウトウニオンは存続しますが、一大転機を迎えます。それが1958年のダイムラーベンツの傘下になったことです。ダイムラーベンツ傘下において、DKWジュニアという乗用車が大ベストセラーとなったことでその名声は世界にとどろくことになります。
しかし、その後すぐにダイムラーベンツの経営方針の転換からフォルクスワーゲン傘下に移ることとなります。そして、フォルクスワーゲン傘下でついに、1965年にアウディブランドが復活することになります。そしてその後も前輪駆動のミドルクラスセダンを生産する堅実なブランドとして発展し、その後もロータリーエンジンの開発で知られたNSUを併合するなど、発展を続けます。
アウディ80やアウディ100などのヒット作を世に送り出しながら、拡大を続けたアウディはフォルクスワーゲングループの上級クラスの車種を担うブランドとして発展し、晴れて1985年にアウディとしての社名が復活することとなります。
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■アウディの真骨頂!――スポーツ活動―― photo by Curt Smith(CC 表示 2.0)その後のアウディの活躍は言わずもがなですが、改めておさらいしてみましょう。とりわけ本稿ではその輝かしいレース活動に注力して、解説していきたいと思います。
アウディは1999年から18年間、WECやルマン24時間耐久レースに参戦し続けてきました。その功績はルマン参加の18年間のうち13回勝利を収めるという、まさにルマンの歴史とともにあったといっても過言ではない素晴らしい成績を収めてきました。
そしてこの度、惜しまれつつも、アウディはルマン24時間耐久レースからの撤退を表明いたしました。