福沢諭吉、野口英世…「お札の顔」の偉人たちの驚きエピソードはやっぱりスケールが違う! (2/3ページ)

Japaaan

そこで「ウムなんともない、コリャおもしろい、こんどはこれを洗手場※に持って行ってやろう」と考えた諭吉少年はお札をトイレに持っていき、こともあろうにお尻を拭いてしまいました。※洗手場(ちょうずば。トイレのこと)

さすがにこれは神様のバチが当たるのでは?と心配した諭吉少年でしたが、これまた特に何も起こりません。

「ソリャ見たことか。兄さんがよけいな、あんなことを言わんでもよいのじゃ」とドヤ顔をした諭吉少年。しかしこの話は、家族の誰かに言えば叱られると思い、誰にも言えなかったのだとか。

野口英世、自分を讃えた伝記にダメ出し

偉大な医師・細菌学者でありながら、坪内逍遥の小説に登場する人物と名前や立場・行動までもが似ているのが気になり、策を練って「野口清作」から改名した野口英世

知らなかった!偉人・野口英世は改名していた。その驚きの理由を知ってますか?

彼には改名だけでなく、こんなエピソードも残されています。Gusutav Eckstein(グスタフ・エクスタイン)という人によって書かれた『Noguchi』には、自身を讃えた伝記『発見王野口英世』を読んだ野口英世が怒り、こう発言したという記述があります。

「あれは悪い本だ。人間は誰だってあの本のように完全ではない。また、誰もあの本のように完全でありたいとは思わぬ。あれは人間ではない。人生はあんなに真っ直ぐにはゆかない。人生というものには浮き沈みがある。浮き沈みがないのは作り話だけだ。

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