失われたベルリンの壁が発見される (3/6ページ)
・当局の目を逃れ続けていた壁
それにしてもなぜこの場所が当局の管理を逃れていたのだろう?
この壁があったのは町はずれの墓地と鉄道の線路の間にある林の中で、よほどの用がなければだれも好き好んで近づかないような場所だ。
しかもそこは1961年以降、最も関心を払われていない最古の区画だった。有刺鉄線の痕跡を見逃せば、残っていた壁も放置されたコンクリートの壁の一部にしか見えなかった。
さらに壁にあった“ベルリン”の文字がうっすらと見える印も派手な落書きに埋もれてしまい、よほど注意を払わなければわからなかったという。
落書きだらけになっていた壁

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そのため、残った壁を管理する当局もそれに気づかず、破壊されたと記録していたようだ。
・初期に建設された壁の一部か
ボルマンによると、今回見つかった壁の一部は当時の東ドイツ(ドイツ民主共和国)が1961年に突如建てた初期の頃のものだという。
東ドイツが国境を公式に封鎖したのは1961年の8月13日のことで、それ以後、ベルリン西部から東ドイツが隔離される形になった。
突然都市を隔てる壁を建てられ、市民はショックを受けた。壁を超えようとする人々を阻むため、そこには手始めに有刺鉄線や警報器がつけられたが、のちに厳重な警備体制が敷かれた。
まもなくその壁は死を象徴する悲劇の壁になった。