高須院長『炎上上等』よんでみた:ロマン優光連載104 (2/5ページ)
高須さんは基本的に他人に親切な人で、無私の人であり、篤志家でもあるわけですが、それが「下々のものにも優しくしなければならない」という無自覚な差別意識に裏打ちされているような感じは、そこかしこに見受けられ、こういうところがいじめっこに目を付けられるところだったのだなという感想が生まれてきます。でも、いじめはいじめるほうが悪いのです。
そういえば、拙著の方でも触れてるのですが、高須さんは高校生の時に地元の村から街の学校に進学し、校内の柔道部と一緒に遊ぶようになったそうです。高須さんがおとりになって、不良にかつあげされそうになり、そこを柔道部の面々が駆けつけて不良をボコボコにするという何ともぶっそうな遊びに励んでいたとか。独自のTwitter観との繋がりを感じさせるエピソードです。
最近の自身の炎上体験をテーマとした文章によく見られるのが「何故炎上したかを具体的に書かず、被害者としての自分の話だけをする」という構成です。自分のことは棚に上げるというやつです。高須さんは炎上上等という勇ましい姿勢で挑まれているので、被害者意識は特に打ち出してはいないのですが、いくつかあげられる炎上エピソードの中で本当に問題であろう話は語られることはありません。絡んできた相手に明らかに非があるようなイカれた自称・サヨクに絡まれてこらしめた話は語られますが、ネトウヨのデマに踊らされ「有田芳生議員はしばき隊のリーダーであり、配下に命じてネット上で自分を集団で攻撃させたので訴える」と事実無根な情報を元に無駄に騒ぎ立てて明確な謝罪もないままにウヤムヤになっていった話などは特に詳しく語られたりはしません。さらに言うならば、その時の炎上の大元になった「ナチスのホロコーストは無かった」といったホロコースト否認論、ナチス擁護とも取れる発言の数々についても触れられていません。ホロコースト否認論で炎上したというなら、どう考えても否認論者のほうがおかしいという話になると私は思うのですが、それについては語られてないのです。本書におけるナチスに関する話題は、戦時中の満州における樋口季一郎による亡命ユダヤ人保護の話という美談くらいではないでしょうか。