イエス・キリストが実在したという根拠となるか?ローマ時代の歴史家タキトゥスによる年代記に記されたイエスの処刑 (1/4ページ)
キリスト教の創始者とされる「ナザレのイエス」という人物についての歴史上の事実は、一般的に伝承されている内容とは異なる部分も多くある。
歴史上の人物としての「史的イエス」については、聖書学者や神学者を含む学者によって、これまで様々な議論が交わされてきた。
例えば、誕生の日付については、長いこと「紀元元年の12月25日」とされてきているが、実際には、聖書を含むどこにも明確な記載はない。
現在では「紀元前4年の夏」というのが定説となりつつある。「ヘロデ王の治世に生まれた」という記述や、「誕生のときに明るい星があった」という記述を元にした研究の結果だ。
そしてまた、そのイエス・キリストという人物の存在そのものについても、一部の無神論者を中心に懐疑論を唱える人々もいる。
「キリスト教の経典である『聖書』以外に証拠がない」というのがその論拠であるようだ。
しかし、ローマ時代の歴史家タキトゥスによる年代記に書かれている記述こそが証拠であるとする意見が高まりを見せている。
その年代記には、イエスの処刑を決定したポンテオ・ピラトについても記しているのである。
・歴史家、タキトゥスの年代記にあるイエス存在の証拠
ローマ時代の最高の歴史家の一人と目されるタキトゥスは、紀元54年頃の生まれだ(諸説あり)。一方、イエスが処刑されたのは紀元30~33年のこととされている。
タキトゥスによる年代記の中には、64年に起きたローマの大火について書かれている部分がある。ローマ皇帝ネロはこの大火についての責めを「クリスチャン」と呼ばれる集団に負わせた、と記載されているのだ。
年代記は14年から66年までのできごとをカバーしている。タキトゥスはその中で、「クリスチャン」の背景について少々と、イエスの処刑を決定したポンテオ・ピラトについても記しているのである。