氷室京介が初恋の人に!?「オレたちのBOOWY」マニアが語り倒す激アツ座談会 (2/4ページ)
さすがにそれじゃなく、11月くらいだったな。場所は同じ新宿ロフトで。僕は世田谷育ちなんだけど、当時の世田谷は本当に荒れてて、イジメと不良や校内暴力が共存してる中学だった。僕は、イジメから身を守るために不良のパシリをやってて(笑)。そんな中、悪い先輩に「暴威ってバンドがスゲーから、お前らも来いよ」って言われて、ライブに連れてかれて。名前からして暴走族みたいなバンドなのかと思ったら、学生みたいな6人組が出てきた。
B 当時はサックスもいたんですよね。まことさん(ドラムの高橋まこと)も、まだ観客だった頃だ。
A ヒムロック(氷室の愛称)は目尻にシャドウを入れてたけど、まだ、シャツにスラックスとかだった気がするな。それでハードな縦ノリロックをやるもんで、もう、しびれちゃって。
■郷ひろみをカバーしたり、秋本奈緒美の前座をしたり…
C 翌年、バンド名をBOOWYに改めてから、僕らが知ってるビジュアルになったんですよね、確か。
B その年にデビューアルバム『MORAL』を出して、全国ツアーをやったんだけど、うちは7つ上の従兄が大ファンで。「地元のバンドがせっかく来るんだから、連れてってやる!」と言われたんだけど、その場所が、なんと前橋の河川敷だった(笑)。
A 伝説の「河川敷コンサート」(82年5月3日)だね。盆踊りみたいな櫓を組んで、その上でやったという。
B 全然、お客がいなかった気がするなあ。当時は子どもだったから覚えてないんですけど、今考えると鯉のぼりが立ってるような時期に、昼間の河川敷で「人の不幸は大好きサ」(「MORAL」より)とか歌ってたわけで、けっこうヤバい絵ですよね。
A 彼らも、模索の時期だったんだろうね。僕、その1週間後くらいに渋谷でライブを観たんだけど、まだそんなに曲数もなかったのか、「こういうのもやれます」って言って、郷ひろみの「ハリウッド・スキャンダル」をカバーしてたんだよ。
C ええっ!? マジですか。
B 持ち歌だけだと時間が持たないから、苦肉の策だったんだろうね。今は女優で、昔は歌手だった秋本奈緒美の前座とかにも出てた。