細川ふみえ「『有吉ゼミ』で死を意識!?」ズバリ本音で美女トーク (3/5ページ)
細川 しばらくお仕事自体をお休みしていた時期に、グラビアのご依頼をいただいたので、古巣のサンズエンタテインメントの野田義治会長に、「思いきって、やろうと思っています。野田さんがついていてくれると心強いです」と相談したんです。それでOKをいただいて。野田さんは本当に天才的なプロデューサーです。このときも、私の露出の仕方を細部まで、きっちり決めてくださいましたね。
■グラビア撮影で泣いてしまった意味は!?
――デビューから現在までで、思い出に残っているグラビア撮影時のエピソードはありますか?
細川 今日、たまたま、カメラマンの木村晴さんとお会いしたんですけど、彼は正真正銘、私の初めての撮影を担当してくださった方なんです。そのとき私ね、泣いたの。19歳で、初めてビキニを着て、大人たちに囲まれての撮影でした。木村さん、「足を開いて。もうちょっと、そう、もうちょっと開いて」と優しく言うんですけど……。ポロリと……涙があふれてしまって……。“なぜ水着姿で、そんなに足を開かなくちゃいけないの?”と、たった15センチを開くことができなくて。だけど、刷り上がった写真を見て、木村さんの意図が分かりました。上からのアングルで、膝から下は写っておらず、「太ももがピッタリとくっついていたら、バランスの悪い写真になっていたかも。だから足を開いてほしかったのか」って。それでも、3度目の撮影くらいまでは泣いていたと思います。
――だからでしょうか。細川さんの若い頃のグラビアは、困った顔をして、潤んだ瞳で、こちらを見つめているイメージがあります。何か、こちらに訴えかけるような目線で。
細川 伝わるものがあるんでしょうか。私も、当時の写真を見ると、いろいろと思い出して泣けてきちゃう。他にも、とある雑誌の編集長が「コーヒー豆のようなイメージのグラビアが撮りたい」とおっしゃったことがありました。“えっ、何、それ!?”と思っていると、スタイリストさんお手製の麻でできた水着を着ることになって。なんでも、「麻袋にパンパンに入ったコーヒー豆にインスピレーションを得た」そう。ひもそれがまた、紐が頼りなげなんです。