15歳にして「悪(にく)らしいほど強い武士!」となった鎌倉悪源太こと源義平の武勇伝(下) (4/4ページ)
六条河原でいよいよ斬首となる義平は、処刑前に言い放ちます。
「よぅ、首を斬るなら上手くせんと、貴様の面に喰いつくぞ!」
……雁字搦めに縛られておるくせに、よぅ言うわい。
斬首役の難波三郎経房(なにわの さぶろうつねふさ)はそう鼻で嗤いますが、義平は怯みません。
「何も今とは言っておらん。雷神となって蹴り殺してやるわい!」
その予言通り、義平の死から8年後、経房は落雷により真っ黒こげとなって死んでしまいました。
それで人々は「悪源太の祟り」と恐れたと言われます。
終わりに・悪源太の遺した坂東武者の矜持と精神生粋の坂東武者として東国に武勇をとどろかせ、貴殿に飼いならされぬ矜持を示した「鎌倉悪源太」義平。
たとえ義平が殺されても、その精神は二十数年の歳月を経て異母弟・頼朝公に受け継がれ、やがて興る武士の世の礎となりました。
権力におもねらず、自分の力で勝ち取るものにこそ価値がある。
義平をはじめとする武士たちの生き方は、現代の私たちに大切なことを訴え続けます。
【完】
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