狩ったのはタヌキ?ムジナ?裁判沙汰にまでなった大正時代の「たぬき・むじな事件」 (3/3ページ)
屁理屈ばっかりこねくりおって!」
そんな判決を前に、警察もさすがに「やーいやーい」とは言わなかったでしょうが、内心「それ見たことか」と嘲笑うくらいはしていたかも知れません。
しかし、それしきのことで諦める男じゃありません。
「冗談じゃねぇぞ!だいたい俺だけじゃねえ!タヌキとムジナが別の生き物だってことは昔ッから言い伝えられてきたし、だったらムジナも禁猟にしやがれコンチクショウ!」
とまぁ、実に往生際の悪い男ですが、その後も控訴・上告と争い、ついに勝負は大審院へもつれ込んだのでした。
さて、大審院の判決は?年もまたいで大正十四1925年6月9日、男はついに「逆転無罪」を勝ち取りました。
結局タヌキはタヌキでしたが、男が「ムジナ」を洞窟に閉じ込めた2月29日時点で「狩った」、つまり元から猟期を守っていた=違反していないものと解釈されたのでした。
ただし、判決文の中には「昔からタヌキとムジナが混同されやすい」ことについても言及されており、もしかしたら、情状酌量の一助となったのかも知れません。
これがごくざっくりとした「たぬき・むじな事件」の顛末であり、現代でも刑法第38条に規定される「事実の錯誤」の好例(テキスト)として伝わっています。
大の大人が国ぐるみでタヌキかムジナか争うさまは、なんだかまるで化かされたようです。
そんな今からたった百年ばかり昔の、ムジナにまつわるお話でした。
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