美しき女武者!木曾義仲と共に戦いその最期を語り継いだ女武者・巴御前の生涯(下) (3/5ページ)

Japaaan

ちなみに先述の「便女」とは文字通り「便利な女」の意で、何かと活躍しました)

そう聞いた重忠もまた、東国に聞こえた猛将。「相手にとって不足なし」と喜び勇んだことでしょう。

しかし、巴らの奮戦もむなしく武運は木曾方にあらず、敗れ去った義仲らは、生き残ったわずかな人数で信州を目指すのでした。

義仲との別離「最後のいくさしてみせ奉らん」

楊洲周延「大日本國誌略之内」より、奮戦する巴御前。

さて、這々(ほうほう)の体で京から逃れた義仲たちは、江州粟津(現:滋賀県大津市辺り)まで落ちのびますが、ここに数千騎の追手が迫ります。

対する義仲方はもう十騎もいない状態、もはや覚悟を決めて、巴に言います。

「最期まで女を連れていたとあっては東国武者の恥なれば、汝は独り落ち延びよ(要約)」

しかし、巴もたいがい強情で「最期までお供させて下さい」と言い張るものの、結局は義仲の願いを聞き入れます。

最後のいくさしてみせ奉らん(最後の武勇をお見せします)」
※『平家物語』より。

作者不詳「巴御前図」、江戸時代?恩田八郎師重との一騎討ち。

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