ピンク・レディーとキャンディーズ、AKB48や乃木坂46の原点「スーパー歌姫伝説」 (2/5ページ)

日刊大衆

もともと静岡の高校の同級生だったミー(現・未唯mie)とケイ(現・増田惠子)は、浜松にあったヤマハのボーカルスクールに特待生として通っていた。「キャンディーズにあやかり、『クッキー』というお菓子の名前をつけたユニットを組み、セミプロ的な活動をしていたんです」(レコード会社関係者)

 そこから、2人はテレビのオーディション番組を受けることに。「最初に受けた番組で、派手な衣装で踊りながら歌ったところ、審査員から“素人っぽさがない”と指摘され、不合格に。そこで、本命視していた『スター誕生!』(日本テレビ系)では、あえてオーバーオールを履き、フォーク調の曲を歌うことで、素朴な雰囲気を演出したんです」(前同)

■セクシー路線に転向して国民的アイドルに

 作戦は成功。スカウトされ、デビューが決まった2人だが、当初は『スタ誕』同様のフォーク路線でのデビューが決まりかけていた。「『白い風船』というユニット名が候補に挙がっていたとか。そこから方向転換がなされ、『スタ誕』の審査員でもある作詞家の阿久悠氏、作曲家の都倉俊一氏らの手により、肌の露出が多い衣装を着て激しく踊って歌う、あのスタイルが生まれます」(前同)

 イメージの下敷きにしたのは、同じく阿久&都倉コンビが仕掛けた『どうにもとまらない』『狙い撃ち』などの山本リンダだとか。ユニット名はカクテルの名前を引用し、都倉氏が命名した。

 このように大人の観客向けにプロデュースされたピンク・レディーだったが、デビューから間もなく、想定外の層からの人気が一気に爆発した。「もちろん、オジサン層のファンも多かったと思いますが、彼女たちの人気を支えたのは若年層、しかも女の子でした」(前出の記者)

 国民的なアイドルとなったピンク・レディーは、オリコンで5曲連続ミリオンセラー、睡眠時間最大3時間、新曲の振付は初披露当日に2時間で覚えた――といった伝説級の逸話を数多く残している。

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