1984年の私と『男坂』:ロマン優光連載123 (1/4ページ)
ロマン優光のさよなら、くまさん
連載第123回 1984年の私と『男坂』 最近、色々な人と車田正美作品の話をする機会が多い。車田作品といっても最近の作品ではなく、『リングにかけろ』『風魔の小次郎』『雷鳴のZAJI』『男坂』といった『聖闘士星矢』以前の作品に限られているわけだが。まあ、おっさんなので。
そういう中で、自分より少し年下の人から「『男坂』って面白いのに、なんで打ちきりになっちゃったんでしょうね?」という意見を聞いた。彼は『リンかけ』『風小次』は単行本で読んで、リアルタイムで車田作品の連載を読むのは『男坂』が初めてだったという人だ。『リンかけ』のジーザス編の最後から週刊少年ジャンプを読み出し、『リンかけ』を単行本で遡って読み、『風小次』から完全にリアルタイムで車田作品にはまっていった自分と比べると、かなりの時代差がある。これぐらいの年齢差は、大人になってからはたいしたことはないが、子供時代には完全に一世代違うと言ってもいいぐらいの差が生まれる。彼が面白いと思っていた『男坂』、当時の私はどのように捉えていたのだろうか? 気になったので思い出してみた。
面白くないとは思っていなかった。この作品単体で読むのなら、ちゃんと面白い作品だ。単体で読むなら。ただ、『男坂』が終了したこと自体に対し、『バオー来訪者』が終了した時の「え、あんなに面白いのになんで!」というような驚きを当時の私は感じていなかったのは覚えている。ラストシーンには驚いたけれど。
『北斗の拳』『キン肉マン』『ブラック・エンジェルズ』といった他のジャンプ掲載バトル漫画と比べて設定も描写も地味だった。後半JWCという世界番長連合みたいなやつがでてきて必殺パンチみたいなのもでてくるのだけど、前半は千葉の田舎で中学生が喧嘩してるだけ。拳で決着をつけるかと思えば、人間の器の大きさと熱いハートで決着がついてしまったりする。まだ犬が喋らなかった時代の『銀牙 -流れ星 銀-』に比べても敵もバトルも地味なのだ。いや、ほんと赤カブト怖かった。『ハイスクール奇面組』『キャプテン翼』などの非バトル系漫画も合わせて考えると、自分の中での優先順位としてどうしても下の方になってしまっていた。