1984年の私と『男坂』:ロマン優光連載123 (2/4ページ)

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 菊と竜児の姉弟の人生の旅路を丹念に描いた前半部が異次元ボクシング漫画に変貌をとげ、最終的に最初の主題に収束されていく奇跡のような傑作『リングにかけろ』。学ラン超能力バトル伝奇漫画『風魔の小次郎』。そういった破天荒な過去の車田作品に比べると、描写の派手さや驚愕するような設定がない分、地味だなと感じていた。地味だからといって、高嶺菊・竜児姉弟の生活や人間像を丹念に描いていった『リンかけ』初期みたいな掘り下げもない。感情移入させるための丁寧な積み重ねがなく、「みなさまおなじみの」ぐらいの感じで主人公・菊川仁義は最初から現れ、イマイチどんなやつかわからなかった。わからないのにいきなり熱い説教したりするから困った。
 天才・宮下あきらが完成させつつあった「メタ番長漫画」を『激・極虎一家!』で体験していた自分にとって、ストレートに「番長」というものを出されるのが面白味に欠け地味に感じていた記憶もある。ちなみに宮下メタ番長漫画の完成形である。『魁!男塾』の連載は『男坂』の連載が終了した85年に始まる。
 この時期、『ビー・バップ・ハイスクール』も既に連載が始まっており、番長的なものは既に笑われるような時代遅れな存在になっていた。『男一匹ガキ大将』で近代番長漫画を完成させた本宮ひろし先生だって番長漫画から撤退し、当時でいえば『赤龍王』『天地を喰らう』のような中国英雄譚だったり、別のスタイルの漫画で男の生きざまを描こうとしていた(あまり関係ないが、本宮先生の『硬派銀次郎』『山崎銀次郎』は番長漫画ではなく、まっすぐな硬派な愛すべき青年の不器用で魅力的な成長物語だと思ってる)。ツッパリや不良という言葉は日常で使っても、番長はギャグ以外で使うような機会はなかった。ちなみに、当時の自分が抱いていた不良のイメージの代表は『ブラック・エンジェルズ』に出てきた「老婆の乳房に焼きごてを当てる眼鏡の中学生」でした。あいつ、今でも怖い!
 さきほど、『男一匹ガキ大将』の名前が出たが、『男坂』は車田正美による『男一匹ガキ大将』のオマージュである。当時、父親の所有していた『男一匹ガキ大将』を読んでいた自分は、凄く似ていると思ったし、『男一匹ガキ大将』の方が面白いと思っていた。
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