天才テリー伊藤対談「ヒロシ」(3)ブーム絶頂の頃の月収は4000万 (1/2ページ)

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天才テリー伊藤対談「ヒロシ」(3)ブーム絶頂の頃の月収は4000万

テリー そんなさんざんな状況の中で、ホストは何年勤めたの。

ヒロシ 入って1カ月で辞めたいと思ったんですけれど、結局3年いましたね。一時期はホームレスみたいになっちゃいましたし。

テリー え、マジで!?

ヒロシ そういう体たらくなので月の稼ぎが2万~3万円しかなくて、アパートを出るしかなかったんですよ。だから、毎日キャッチ(客引き)で声をかけた子に「ちょっとだけ住まわせてほしい」「今晩だけでいいから泊めて」って、そんな交渉ばっかりしていました。

テリー みんな初めて会う女の子でしょう? そんなにあっさり泊めてくれる?

ヒロシ それが意外にいけちゃうんですよ。正直に事情を話すと「1週間なら」「とりあえず来なよ」って子がいました。それが1~2年続いたんですかね、かなりの人数に泊めてもらったと思います。

テリー へェ、すごいな。それも一つの才能と言っていいかもね。ホストをしている間、お笑いは?

ヒロシ それどころじゃなかったです。ホストが休みの日はコンビニでバイトしていたんですが、月4回だけの出勤なのにホストより全然稼げるんですよ。なので、本音はコンビニだけにしたかったんですけれど、どうしてもホストは辞めさせてもらえなくて‥‥またお笑いを始めるのは、31歳で熊本の実家に逃げ帰ってからですね。その時、発表する当ても場もなかったんですが、2カ月ぐらいずっと家にこもって、その後の「ヒロシです」のもとになる「あるあるネタ」をたくさん書いていました。

テリー 苦労したけど、いいネタ元になったね。

ヒロシ そうですね。その後、勤めていた店が潰れたという噂を聞いて、「じゃあ戻っても大丈夫だろう」とまた上京。

「天才テリー伊藤対談「ヒロシ」(3)ブーム絶頂の頃の月収は4000万」のページです。デイリーニュースオンラインは、週刊アサヒ芸能 2019年 1/24号ヒロシギャラテリー伊藤芸人エンタメなどの最新ニュースを毎日配信しています。
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