フレディ・マーキュリーの生涯と、QUEENのおすすめプレイリスト (2/4ページ)
そんな中、フレディは1970年4月に、ボーカルが不在となった『スマイル』というバンドに加入します。スマイルにはブライアン・メイとロジャー・テイラーもいました。そう、このバンドこそが後の『Queen』なのです。
フレディがスマイルに加入した後、フレディの提案で1970年7月にバンド名をQueenに改めます。そして翌1971年にベーシストのジョン・ディーコンが加入。伝説のバンドメンバーとなる4人がそろった瞬間でした。名前をファルーク・バルサラからフレディ・マーキュリーに変えたのも、このころだとされています。
全世界を魅了するロックバンドに成長初期のQueenは良い評価を得られずしばらく低迷しますが、1974年に『Killer Queen(キラー・クイーン)』が全英2位になったことで大ブレイク。同曲はアメリカでもヒットし、その流れは全世界に伝播します。日本でも人気となり、1975年には来日ツアーを行いました。
そして1975年10月に『Bohemian Rhapsody(ボヘミアン・ラプソディ)』を発売。これが全英1位を9週連続で獲得する大ヒット曲となります。その後も『We Are the Champions(伝説のチャンピオン)』や『We Will Rock You(ウィ・ウィル・ロック・ユー)』などヒット曲を連発し、世界中に多くのファンを持つロックバンドに成長します。
1980年代に入っても、映画『フラッシュ・ゴードン』で用いられた『Flash(フラッシュのテーマ)』が注目されるなど快進撃を続けるQueenでしたが、1980年代半ばになるとメンバーのソロ活動が目立つようになり、人気も衰えを見せます。メンバー同士の関係も冷え始め、ついには「解散」を考えるように。そんな中で迎えた1985年のチャリティーコンサート『ライヴエイド』は、Queenにとって大きなターニングポイントとなるライブでした。Queenがこのライブでどのようなパフォーマンスを見せたのかは、ぜひ映画でご覧ください!
その後、フレディ・マーキュリーはエイズに感染し、1991年に45歳の若さで世を去ります。くしくもクイーン結成20年目となる年でした。20年の間にフレディ・マーキュリーが音楽シーンに与えた影響は計り知れないものです。