原型は縄文~弥生時代!別名”医者殺し”とも呼ばれてきた「味噌」の語源て何だろう? (2/3ページ)
米麹(こめこうじ)。現代の味噌づくりでも活躍。
やがて古墳時代に入ると麹(こうじ)菌による発酵技術が導入されたことでより品質も安定化、そして奈良時代に入ると、大宝律令(大宝元701年「大膳職」条)に初めて「未醤(みそ)」の名前が登場します。
未醤とは漢文の授業で習った通り「未だ醤にならず」と読み、つまり「まだ醤=液体状になっておらず、豆粒の形が残ったペースト状態」を指し、現代の味噌にかなり近い形状と考えられます。(※醤とは、現代でも味噌の上澄みとして出て来る「たまり」のことと考えられます)
他にも「味醤」「美蘇」と当て字され、そして現代の「味噌」などと表記されるようになっていきました。
ちなみに「噌」とはいわゆる国字(こくじ。和製漢字)で味噌意外にあまり用例が見られないものの、訓読みで「かまびすしい」との意味があります。
ワイワイガヤガヤと賑やかな様子、あるいは賑やか過ぎてうるさい様子を表わす言葉ですが、発酵によって生み出される複雑な味わい深さが当時の人たちにはとても新鮮で、まるで口の中が賑やかに感じられたのかも知れません。
終わりに一晩水につけ込んだ大豆を柔らかく水煮にしてから擂鉢でこなし、塩と米麹と種味噌を丹念に混ぜ込んでから樽に仕込んだら、夏の暑さでよく発酵させてから天地返し(混ぜることで均質化)、そして晩秋から初冬にかけて出来上がります。